仁徳天皇陵と堺♪

      2019/09/01

仁徳天皇陵と堺市♪

先日から話題になっている仁徳天皇陵(大山古墳)。

仁徳天皇陵を含む「百舌鳥・古市古墳群」が世界遺産登録勧告を受けたんですよね(^^)

行ってきましたよ。

発掘されることはない

仁徳天皇陵の場所は、エネルギーが落ち着いていたような気がします。

クフ王のお墓のピラミッドや始皇帝のお墓より、

長さは一番長く、面積が一番大きいそうです!

ボランティアの方が色々な説明をしてくださり、

さらに深く知りたくなって、堺市博物館へも訪れました。

古墳とは、天皇のお墓とされていますが、

宮内庁管轄のため発掘ができないそうです(^_^;)

しかし、ある山崩れの際に、石室と鎧が出てきたので絵で書きとめ、

その実物大の大きいレプリカが置かれたありました。

15年8カ月、約650万人もの人々を携わらせて作り上げた古墳。

その時代、それだけの権力があった方がおられたということですよね。

すごすぎる~(@_@;)

古墳の飾りには、いろんな説がありますが、

1万5千本以上もの埴輪が飾られていたそうです。

結界の意味ではないかと仰っておられました。

しかも、

女子頭部(巫女)、馬、鹿、水鳥、家形、人形、須恵器、竈など。

そりゃ、時間かかりますよねぇ。。。

その家形が、現在の伊勢神宮をはじめとする神社建築の屋根と特徴が同じでした。

神社建築は、こんな古墳時代の豪族の邸宅からきているんですね~。

誠に興味深い!

ボランティアさんから話もお聞きしていろいろな気づきがありました。

楽しかったです♪

千利休

ご存知の方は多いと思いますが、

千利休も堺のお方。

博物館でボランティアの方に説明をしてもらいました。

利休の父は堺で高名な商人で、

店の跡取りとして品位教養を身につける為に

16歳で茶の道に入ったそうです。(習い事の一つだったんでしょう。)

18歳の時に当時の茶の湯の第一人者・武野紹鴎の弟子となり、

23歳で最初の茶会を開き、茶の世界を深めていきます。

堺が商店で大賑わいだった時代に、

少しでも心の平安を求め、四畳半でお茶を点てることは、必然だったのかも。

(商店の真ん中の茶室の模型がありました!)

いつの時代も、「こころの癒し」が必要なのでしょうね。

奈良が堺?

今から150年前、

奈良堺県!

だったらしいですよ。

地図が残っていて、ビックリ!

何かしらのご縁が深いということでしょうか(*^_^*)

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